産むか、産まないか。
去年の11月半ば、生理が遅れていたことに気が付いた。
妊娠検査薬が有効になるのは、生理予定日の1週間後。
どきどきしながら検査をしたところ、まさかの陽性。
数分時が止まった。
友人にすぐ連絡すると
「奥さん検査で陽性だったけど、病院でもう1度チェックしたら間違いだった。そういうこともあるから病院行ったら?」
いつも検査だけお願いしている病院に電話すると
「18:30までに来てもらえれば診られますよ」。
その時、18:10。
タクシーで向かい、尿検査と超音波検査をしたところ
「わかる? 赤ちゃん見えるでしょ?」
モニターに映る小さな豆状のもの。それが今、お腹にいる子との初対面だった。
「子供、いつかは欲しいなあ。できれば3人」
なんて言っていたけれど、まさか40才で親会社から子会社への転籍が決まった今?
親会社の社長からミッションを与えられての転籍なのに、これからのキャリアはどうなるの?
自分のことばかりが頭に浮かび、婦人科で「次回の予約はいつにしますか?」と言われるまでぼうっとしていたことに気が付かなかった。
その日、お付き合いをしているブラジル人の彼と会い、妊娠を報告。
彼には昔付き合っていた彼女との間に、別れてからできたことがわかった子供がいる。彼にとっては2回目の経験。
伝えた瞬間、よく理解できなかったみたいで驚きのあまり笑ったまま、顔が固まっていた。そりゃあびっくりするわよね。
彼には「堕ろす」という選択肢はないそうで「僕たちの子はかわいいと思う」なんてのたまっていた。
産むか、産まないか。
仕事を休んで自分の気持ちをノートに書きなぐる。
産む選択肢のほうには
・シングルマザーはいや
・お金が不安だよ
・わたし、親になれるのか?
という気持ちや
産まない選択肢のほうには
・管理職なんだし仕事続けたい
・これからのキャリア形成、子供がいると難しいのでは
・産まない処置をした後「どんなお顔だったのかな」「どんな性格だったのかな」って気になるのでは?
・命が関わってる。しっかりできないなら産まない方がいい
など、仕事も絡む。
産まない選択肢を選べる12週(これ以降は身体への負担と届け出が必要)になるまで、ものすごく考えた。
高齢出産、ダウン症は大丈夫なのか。
ちゃんと育てられるのか。
もしシングルマザーになった時、どんなサポートがあるんだろう。
会社の制度はどうなっているのか。
もし彼と育てることになったとしたら、どんな感じになるんだろう。
すでにいる自分の子と、わたしとの子。
わたしとの子にも愛を注いでくれるんだろうか。
お金っていくらかかるの?
望んで、すんごく欲しくてできた子じゃないけれど、愛することができるのか。
いつか子供は欲しいと思っていたけれど、そこには「結婚した後の妊娠」という設定があって、まさか先に子供が来るとは思っていなかった。
まず「この人の子なら」と思う人と結婚し、その後笑顔で「赤ちゃんできたみたいなの」という報告をしたかった。
「不妊治療している人から見たら『なんで悩んでるの!』って話だし、少子化の時代に『産まない』という選択肢はものすごく批判されるんだろうな」とも感じた。
「子供が欲しい」もしくは「いつできてもいい」という2人の間にできた子はもう愛されているけれど、今わたしのお腹にいる子に対してわたしはなんの感情も抱いていない。それでちゃんと育てられるのだろうか。
悩みながら、行った2回目の検査に彼が同行。
彼は、超音波モニターに映った赤ちゃんの姿を見て感動していた。
その夜も、どうするかについて話し、わたしは淡々と
・産む選択について
・産まない選択について
それぞれの利点と不利点を話す。
彼は「超音波で赤ちゃんを見た後にそんな話ができる君は冷たい」と言っていた。
わたしも冷静だと思う。
ただ、父親と母親の間に愛がなければ子供は産みたくない。
産むなら、愛をいっぱい受けて育つ環境がいい。
それしか考えていなかった。
では、わたしと彼の間に愛はあるのか。
わたしは彼とは「結婚できる」と思っていた。
信頼しているし、一緒にいて楽しい。結婚してもいいなあ、と。
彼は「結婚は付き合っている人がそれを望めばしてもいいと思う。ただ政府に対する宣誓でしかない」という考えの人。
「l love you」とお互い口にしてはいたけれど、子供が関わってきた時にはどうなるのか。毎日そればかり考えて、暗い気持ちになっていた。
気持ちが変わり始めたのは「受精日っていつなんだろう」と調べた時から。
妊娠は最後の生理から数えて○週と設定するのだが、その計算で考えたところ、排卵日でもなんでもない日だった。しかもわたしは生理が定期的に来るタイプなので、完全な予定外の日。
父に話したところ
「妊娠は奇跡的な確率で起こる」
と言われ、調べたところ「40歳では5%しか妊娠しないという記事を見つけた。
5%、すごい確率。
それにまさか、赤ちゃんができると思っていなかった。
俗にいわれる「危険日」でもない日にやってきた子。
この後妊娠できるかはわからない。これって、すごいチャンスなんじゃないのか。
仕事はいつでもできるけれど、赤ちゃんを育てるという経験はいつでもできる訳じゃない。
好きな人との子なのだから、いいのでは?
ただ、お腹の中で育っているであろう子に対して、なんの気持ちも湧かないのはなぜだ。今気持ちがないのに、いい親になんてなれるんだろうか。
10年以上お世話になっている婦人科の先生に相談したところ
「胎動を感じるまではホルモンが不安定だから大きな決断はしちゃダメ! それに、わたしの経験だと、胎動感じてから愛を感じる妊婦さんがほとんどだと思う。だってまだなんの実感もないでしょ? 産まない選択肢もありだと思うけど、それには期限があるからちゃんと考えて。まあ今ホルモン不安定な時期だけど...」
そんな中、彼のお母様が東京にいらっしゃり、会うことになった。
以前もお会いしたことはあるので、これは2回目。
彼は超音波検査での写真をお母様に見せていて、彼女はわたしが妊娠していることを知っている。
一緒に食事をし、彼がお手洗いで離席した時。片言の日本語で
「○○(彼の名前。以下R)、すごく大変。むずかしい子。でも、とってもいい子。赤ちゃんにはお父さんが必要。Rには子供がいるけれど、全然会えてない。子供にはお父さんが必要。よろしくお願いします」
彼と別れた彼女の間にできた子は、彼が「俺が育てるから産んで欲しい」とお願いし、彼女も「産むだけ」と納得して産んだと聞いている。ただ、その後赤ちゃんが8カ月になった頃、2人は大きな喧嘩をして、彼女が母国であるアメリカに赤ちゃんを連れて帰ってしまったらしい。
それから数年音沙汰がなく、やっと月に数回Skypeなどでその子と話したりできるような環境になったとか。
その子に対する思いなどは聞いていたので、いいお父さんになるだろうなとは思っていたけれど、彼のお母様もシングルマザー。うちの親も授かり婚で姉を産み「子供は2人がいい」ということで産まれたのがわたし。ただ、その後ひどい離婚の仕方をしている。そこもひっかかるのだ。
お母様が帰られた後、また彼と話をした。
ダウン症や障害を心配するわたしに
「関係ない。どんな子でも愛すし、もうすでに愛してる」という彼。
2人に愛がなければ、子供がかわいそうだと言うわたしに
「僕は君を愛してるよ。君は?」
「愛と子育ては違うと思う...」
「愛があるかないかが問題なんでしょ? じゃあ、僕が仮に犯罪を犯した時、君は僕の味方する?」
「犯罪を犯した動機によると思うなあ」
「そういうことじゃなくて、信頼してるかしてないかを聞きたいんだよ...」
「例えが悪すぎるよ」
「そうだね」
と笑うわたしたち。変な会話。
やっぱり好きだなあと思っていたら、
「今僕が死んだら、この子産む? 産まない?」
「産む」
「すぐ答えられたじゃん。何が問題なの?」
確かに、今彼が死んでしまったらわたしは間違いなくこの子を産んで育てる。
いっぱい愛情を注ぐだろう。
本当だ、何が問題なんだろう。
金銭面や将来がとっても不安だけど、愛はあるようだ。
シングルマザーは嫌だというわたしに
「僕も嫌だ」
と言い、近くにあった紙で巨大な紙ダイヤが付いた指輪を作り、ひざまずいてプロポーズしてきた。
大きすぎる...。「大きいダイヤだって友達を驚かせて!」と言っていた。
「いろいろ本も買ったりしてるし、僕は君がいいお母さんになると思う。栄養のことも気にしてるし、もうこの子のこと、大切なんじゃないの?」
ものすごい確率で、突然わたしの人生にやってきた子。
8カ月の今はものすごく強い胎動を感じるし、動きすぎて病院で超音波写真が撮れず、先生が戸惑うほど。
一番最近のお姿。「赤ちゃんらしくなってきましたね」と言われるけれど、C3POに似ていると思ってしまう。。
つわりもひどかったし、まだ続いていて、仕事にはほとんど行けていない。
それでも元気よくお腹の中で動いているのを感じると「元気なんだな」と安心するし、彼が毎日お腹にポルトガル語で話しかけているのを見るのは微笑ましい。
子供が産まれる前から、親になる準備ができている人は少ないんじゃないか。
女性は、妊娠中に「わたし、母親になるんだ」という実感を、ゆっくり味わっていくのではないか。わたしは、そうだ。
お腹の赤ちゃんを愛しているかどうかはわからないけれど、子供を虐待した親のニュースなどを見るとものすごく嫌な気持ちになるし、9カ月以上お腹の中にいた子に、なぜそんな思いをさせることができるのか理解できない。時にはニュースを見て涙したりする。
ホルモンなのかもしれないけれど、大切に思っているんだろうな、と客観的に感じている。
「この子を産む」という決断をしてから、約半年。
お腹の中から出てくるまで、あと約2カ月になった。
とにかく健康に産まれてきて欲しい。
全然準備できていないし、人としても未熟だけど一緒に成長できたらいい。
そう願っている。
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